追突事故の受傷(頚椎捻挫など)により交通事故直後に予定されていた2件の国際ピアノコンクールへの出場を断念せざるを得なかった被害者(26歳・女性・ピアニスト)の慰謝料について、被害者の経歴や各コンクールで入賞するために努力を継続した事情に鑑みると、被害者の慰謝料算定において十分考慮すべき事情であるした事案(東京地裁平成30年1月29日判決)
追突事故の受傷(頚椎捻挫など)により交通事故直後に予定されていた2件の国際ピアノコンクールへの出場を断念せざるを得なかった被害者(26歳・女性・ピアニスト)の慰謝料について、被害者の経歴や各コンクールで入賞するために努力を継続した事情に鑑みると、被害者の慰謝料算定において十分考慮すべき事情であるした事案(東京地裁平成30年1月29日判決)
事案の概要
被害者は、普通乗用自動車を運転し道路上で停止していたところ、加害者の運転する普通乗用自動車に追突される交通事故(以下「本件事故」という。)にあい、これにより頚椎捻挫等の傷害を負いました。被害者は、本件事故後、整形外科などに78日間の間に、合計8日通院しました。
この案件の争点は、被害者の入通院慰謝料の額でした。
被害者は、世界に羽ばたくことを視野にいれていたピアニストであり、3年に一度開催される国際コンクールに出場して上位の成績を収めるべく厳しいレッスンを積み重ねてきたが、本件事故により、出場の機会を喪失し、プロのピアニストになることを事実上断念したと主張しました。
これに対し、被告側は、被害者の経歴や努力、国際コンクール出場の断念は否定しないが、被害者の主張する事情は、加害者には予見できるものではないため慰謝料増額事由にはならないと反論していました。
ところで、交通事故において、入通院慰謝料とは、交通事故と因果関係のある損害として認められています。そして、この因果関係とは、一般には、相当因果関係と言われ、事故という加害行為と損害の間の因果の流れが相当な範囲であればこれを肯定するというもので、その判断には事案毎に諸事情が考慮されます。
また、この慰謝料の金額は、裁判例の積み重ねから、通院期間や通院の日数などを考慮して判断されることになっています。
本件では、78日間の間に8日通院していたという事情及び傷害の内容から、通常であれば、概ね15万円~20万円程度が慰謝料として認められる蓋然性が高いものです。
しかし、本件では、裁判所は概ね以下のように事実認定を行い、慰謝料の増額を認めています。すなわち、加害者が3歳ころよりピアノを習いはじめ、大学在学中にはパリに留学している。ピアノコンクールでの受賞歴もあり、本件事故後のコンクールでも金賞を受賞するなどしている。被害者が重視しているあるコンクールは3年毎に開催され、出場者の募集から、選別のための予備審査の後、予選(1次から3次)が行われ、その後、本選が実施される。もう一つのコンクールも同様にいくつもの関門をクリアする必要がありコンクール自体数カ月にわたって開催されるものでした。被害者は、上記二つのコンクールで上位入賞を果たすべく2年~3年かけて練習を重ねてきたが、本件事故により、思うように練習ができなくなり最終的には、出場を断念したというものです。
このような事情から「被害者は、本件事故を原因として、各コンクールへの出場を諦めたといえ、被害者の経歴や各コンクールで上位入賞するためにそれまで継続してきた努力等に鑑みると、出場の断念により被害者が相応の精神的苦痛を被ったことは明らか」とし、慰謝料を70万円が相当と判断した。
前述のように交通事故における慰謝料(入通院)は、ある程度、形式的に判断されることが多い損害費目ですが、本件は、被害者の経歴やこれまでの努力、本件事故の与えた影響を細かく認定し、慰謝料を増額させたものといえ、慰謝料の額が争点となっている事案において一つの考えを示した事例判決としてご紹介します。
- 逸失利益の定期金賠償を認めた事例(最高裁判所令和2年7月9日第一小法廷判決)
- 被害者(女性・80歳・主婦)の逸失利益について、夫と二人暮らし、夫の身の回りの世話をしていたとして家事従事者と認めた裁判例(大阪地裁平成30年7月5日)
- 左目の失明により運動能力が低下し、もとの持病が悪化した結果、右足膝下切断となった事案で、失明だけでなく切断との因果関係を肯定した裁判例(東京高裁平成30年7月17日)
- 評価損として、損傷の部位・程度を考慮し修理費の30%相当額を認めた裁判例
- 被害者の主張する代車費用を認めた事案(大阪地裁平成30年7月26日判決)
- 信号機による交通整理の行われている交差点において,右折合図することなく右折しようとした加害者(タクシー)と,対面信号機の青色表示に従って対向直進した被害者(原動機付自転車)とが衝突した事故において,被害者にも低速で右折を開始している加害者の動静に注視し,その安全を確認して進行すべき義務を怠った過失がないとはいえないとして,過失割合を,被害者側5%,加害者側95%と認めた事案(東京地裁平成30年5月9日判決)
- 事故により右大腿近位外側に皮下組織の損傷による皮膚の陥凹と色素沈着の残存、組織隆起等を残して症状固定となったメディアで活躍できるモデル等の仕事を将来の希望としていた被害者(女性・17歳)の後遺障害慰謝料について、同症状は、後遺障害等級14級5号に該当しないと認定しつつ、その大きさはそれなりに大きいこと、隆起が第三者からも認識可能であること、被害者の年齢、性別、将来の希望等を含め心理的負担を与えるなど事情を総合考慮して20万円の慰謝料を認めた事案(大阪地裁平成30年2月27日判決)
- 追突事故の受傷(頚椎捻挫など)により交通事故直後に予定されていた2件の国際ピアノコンクールへの出場を断念せざるを得なかった被害者(26歳・女性・ピアニスト)の慰謝料について、被害者の経歴や各コンクールで入賞するために努力を継続した事情に鑑みると、被害者の慰謝料算定において十分考慮すべき事情であるした事案(東京地裁平成30年1月29日判決)
- 交通事故の被害に遭う前日に月給70万円とする雇用契約を締結した男性被害者が,交通事故により頚椎捻挫,腰椎捻挫などの傷害を負った場合に,事故前3年間の事業所得が約20万円、0円、105万だったことを考慮してもなお、雇用契約相当の収入を得られる蓋然性があったとして、症状固定日までの約300日間の合計額約792万円の概ね7割に相当する555万円の休業損害を認めた事案(さいたま地裁平成30年1月17日判決)
- 被害者が行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と、労災補償法12条の4第1項に基づき国に移転し行使される上記請求権の合計額が、自賠責保険の保険金額を超える場合、被害者は国に優先して損害賠償額の支払いを受けられると判断した事案(最判平成30年9月27日)