被害者が行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と、労災補償法12条の4第1項に基づき国に移転し行使される上記請求権の合計額が、自賠責保険の保険金額を超える場合、被害者は国に優先して損害賠償額の支払いを受けられると判断した事案(最判平成30年9月27日)
被害者が行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と、労災補償法12条の4第1項に基づき国に移転し行使される上記請求権の合計額が、自賠責保険の保険金額を超える場合、被害者は国に優先して損害賠償額の支払いを受けられると判断した事案(最判平成30年9月27日)
事案の概要
被害者は、交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負い、後遺障害12級となりました。政府は、本件事故が第三者行為災害であるとして、被害者に対し、労災保険法に基づき労災保険給付を行いましたが、被害者は、この労災保険給付を受けてもなお補填されない損害があるとして、本件事故の加害者の加入する自賠責保険会社に対し、自賠法16条1項に基づき自賠責保険に規定される保険金額の限度における損害賠償を求め訴訟を提起しました(なお、本件事故の加害者は任意保険に加入しておらず)
交通事故にあった被害者には、加害車両の自賠責保険会社に対し、自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払請求権が発生しますが、一方で、政府が被害者に対し労災保険給付を行った場合、労災補償法12条の4第1項により、被害者の自賠責保険会社に対する直接請求権は、労災保険給付の価額の限度で国に移転することになります。
本件は、これら二つの請求権が競合した事案であり、請求権の合計額が自賠責保険金額を超える場合において、被害者が国に優先して自賠責保険から損害賠償の支払いを受けることができるのかが問題となりました。
この点、被害者の直接請求権と社会保険者が代位取得した直接請求権が競合し、それらの合計額が自賠責保険金額を超える場合における扱いについては、従来、被害者が優先して自賠責保険から支払いを受けられるという考え方(被害者優先説)と、自賠責保険金額を各直接請求権の額で案分した額に限られるとする考え方(案分説)が対立していました。そのような状況の中、本件とは別の医療給付が問題となった事案で、最高裁は、市長が老人保健法に基づく医療の給付を行って直接請求権を代位取得し、これを行使した事案において、被害者が優先されるとする判断を下しました(最判平成20年2月19日)。
もっとも、医療給付と制度趣旨を異にする労災保険にも、この平成20年判例の射程が及ぶのかは必ずしも明らかではなく、結局、自賠責保険実務では、労災保険の事案の場合、案分説に従った運用が維持されていました。
このような中、本判決は、労災保険の事案においても、被害者が国に優先して自賠責保険から支払いを受けられるとの判断を初めて下しました。本件のように相手方が任意保険に加入していない事案では、被害者にとって、少しでも多くの賠償を受けることが重要になってきますので、被害者救済に資する判断であるといえるでしょう。
- 逸失利益の定期金賠償を認めた事例(最高裁判所令和2年7月9日第一小法廷判決)
- 被害者(女性・80歳・主婦)の逸失利益について、夫と二人暮らし、夫の身の回りの世話をしていたとして家事従事者と認めた裁判例(大阪地裁平成30年7月5日)
- 左目の失明により運動能力が低下し、もとの持病が悪化した結果、右足膝下切断となった事案で、失明だけでなく切断との因果関係を肯定した裁判例(東京高裁平成30年7月17日)
- 評価損として、損傷の部位・程度を考慮し修理費の30%相当額を認めた裁判例
- 被害者の主張する代車費用を認めた事案(大阪地裁平成30年7月26日判決)
- 信号機による交通整理の行われている交差点において,右折合図することなく右折しようとした加害者(タクシー)と,対面信号機の青色表示に従って対向直進した被害者(原動機付自転車)とが衝突した事故において,被害者にも低速で右折を開始している加害者の動静に注視し,その安全を確認して進行すべき義務を怠った過失がないとはいえないとして,過失割合を,被害者側5%,加害者側95%と認めた事案(東京地裁平成30年5月9日判決)
- 事故により右大腿近位外側に皮下組織の損傷による皮膚の陥凹と色素沈着の残存、組織隆起等を残して症状固定となったメディアで活躍できるモデル等の仕事を将来の希望としていた被害者(女性・17歳)の後遺障害慰謝料について、同症状は、後遺障害等級14級5号に該当しないと認定しつつ、その大きさはそれなりに大きいこと、隆起が第三者からも認識可能であること、被害者の年齢、性別、将来の希望等を含め心理的負担を与えるなど事情を総合考慮して20万円の慰謝料を認めた事案(大阪地裁平成30年2月27日判決)
- 追突事故の受傷(頚椎捻挫など)により交通事故直後に予定されていた2件の国際ピアノコンクールへの出場を断念せざるを得なかった被害者(26歳・女性・ピアニスト)の慰謝料について、被害者の経歴や各コンクールで入賞するために努力を継続した事情に鑑みると、被害者の慰謝料算定において十分考慮すべき事情であるした事案(東京地裁平成30年1月29日判決)
- 交通事故の被害に遭う前日に月給70万円とする雇用契約を締結した男性被害者が,交通事故により頚椎捻挫,腰椎捻挫などの傷害を負った場合に,事故前3年間の事業所得が約20万円、0円、105万だったことを考慮してもなお、雇用契約相当の収入を得られる蓋然性があったとして、症状固定日までの約300日間の合計額約792万円の概ね7割に相当する555万円の休業損害を認めた事案(さいたま地裁平成30年1月17日判決)
- 被害者が行使する自賠法16条1項に基づく請求権の額と、労災補償法12条の4第1項に基づき国に移転し行使される上記請求権の合計額が、自賠責保険の保険金額を超える場合、被害者は国に優先して損害賠償額の支払いを受けられると判断した事案(最判平成30年9月27日)